小学生のみんな大集合「紙芝居とお話」
第2回の「お宝発見講座」は、趣向を変えていろは遊学館で、お宝に関する紙芝居とお話でした。異常な暑さが続く中のまち歩きは危険ですので、新たな企画です。

総合司会が今日の流れの説明をします。
老若男女が注目しています。

中央には、すでに一つ目の紙芝居が準備されてます。
一つ目は何かな
その前に「志木の田子山富士塚ものがたり」の作者からお話が、
今日NHKが取材に来てまーす。

NHKの方から、世界遺産10周年記念の番組を作ってます。
ご協力よろしくお願いします。
と、お話がありました。

さあ、いよいよ紙芝居の始まりです。
最初は、「長勝院のチョッピラリン」

みなさん、長勝院を知ってますか、
志木三小の子は、おとなりだから知ってるよね
江戸時代、尊祐(そんゆう)さんという和尚さん(お坊さん)が長勝院にいました。
和尚さんは、時々たぬきがいたずらに来るので困っていました。

困った和尚さんは、たぬきをこらしめてやろうと考えました。
その考えとは・・・・
いろりの火で石を焼きたぬきに投げつけて驚かしてやろう
というものでした。
小坊主に化けたたぬきは、きものの中に熱い石を投げ込まれて熱ーい
和尚さんに向かい
「長勝院のチョッピラリン」と叫びます 悪口だと思った和尚は
「そういう者こそチョッピラリン」とやりあいます
そしてどうなったか・・・
次は「志木の田子山富士塚ものがたり」です。

江戸時代の終わりから明治時代にかけてのお話、
志木に高須庄吉さんというお醬油(しょうゆ)を作っている人がいました。
高須さんの夢に神様のおつげがあり、田子山富士塚を造ることになりました。
ブルドーザーもダンプカーもない時代、どうやって築いたのでしょう
どのくらいかかったのでしょう

富士山から本物の溶岩(ようがん)を運び、富士山にある神社の名前を彫った石を立て
山頂から富士山をながめられるすばらしい富士山がこうして志木にできたのです。

8/20には山仕舞 おたきあげも行われます。
ぜひ、見に来てください。
みなさんも、「田子山富士塚を守り伝える人になってくださいね。
紙芝居のラストは「おしょうにたすけられたかっぱ」です。
これは、柏町の寶幢寺(ほうどうじ)に関係したお話です。
江戸時代の元の文のままなので、ちょっとむずかしいよ。

むさしの国 河ごへのかたはらに たてといふ所あり
此河にかっぱのありてうまや人やとりけり
ほうどうゐんといふ寺ありけり
志木はもともと舘(たて)村といったのですね
ほうどうゐんが寶幢寺です

とらへたれば かっぱなり
やきころせ
和尚もみをりて人々にいのちこひ
捕まってしまったカッパ
焼き殺されそうでしたが
和尚さんが助けてくれました

それでカッパは和尚さんにお礼をするのですが何でしょう
それは、寶幢寺のカッパ像を見に行ってね
紙芝居のあとは、昔の志木の子どもたちはどんな遊びをしたかのお話です。
テレビゲームのない時代です。

男の子はチャンバラ 女の子はままごと

めんこ おはじき
まりつきをする時は
♬いちれつだんぱんはれつして にちろせんそうはじまった
意味もわからず歌ってました

羽根つきは、こんなに立派なのではやらなかったけれど
こういう立派な羽子板を作る職人さんが志木にもいたそうです
終了後、インタビューされてる人もいましたよ
テレビに映るかな

お宝発見講座、8月はお休み
次回は9/17(日)本町地区の寺社巡りです。
お楽しみに!!

総合司会が今日の流れの説明をします。
老若男女が注目しています。

中央には、すでに一つ目の紙芝居が準備されてます。
一つ目は何かな
その前に「志木の田子山富士塚ものがたり」の作者からお話が、
今日NHKが取材に来てまーす。

NHKの方から、世界遺産10周年記念の番組を作ってます。
ご協力よろしくお願いします。
と、お話がありました。

さあ、いよいよ紙芝居の始まりです。
最初は、「長勝院のチョッピラリン」

みなさん、長勝院を知ってますか、
志木三小の子は、おとなりだから知ってるよね
江戸時代、尊祐(そんゆう)さんという和尚さん(お坊さん)が長勝院にいました。
和尚さんは、時々たぬきがいたずらに来るので困っていました。

困った和尚さんは、たぬきをこらしめてやろうと考えました。
その考えとは・・・・
いろりの火で石を焼きたぬきに投げつけて驚かしてやろう
というものでした。
小坊主に化けたたぬきは、きものの中に熱い石を投げ込まれて熱ーい
和尚さんに向かい
「長勝院のチョッピラリン」と叫びます 悪口だと思った和尚は
「そういう者こそチョッピラリン」とやりあいます
そしてどうなったか・・・
次は「志木の田子山富士塚ものがたり」です。

江戸時代の終わりから明治時代にかけてのお話、
志木に高須庄吉さんというお醬油(しょうゆ)を作っている人がいました。
高須さんの夢に神様のおつげがあり、田子山富士塚を造ることになりました。
ブルドーザーもダンプカーもない時代、どうやって築いたのでしょう
どのくらいかかったのでしょう

富士山から本物の溶岩(ようがん)を運び、富士山にある神社の名前を彫った石を立て
山頂から富士山をながめられるすばらしい富士山がこうして志木にできたのです。

8/20には山仕舞 おたきあげも行われます。
ぜひ、見に来てください。
みなさんも、「田子山富士塚を守り伝える人になってくださいね。
紙芝居のラストは「おしょうにたすけられたかっぱ」です。
これは、柏町の寶幢寺(ほうどうじ)に関係したお話です。
江戸時代の元の文のままなので、ちょっとむずかしいよ。

むさしの国 河ごへのかたはらに たてといふ所あり
此河にかっぱのありてうまや人やとりけり
ほうどうゐんといふ寺ありけり
志木はもともと舘(たて)村といったのですね
ほうどうゐんが寶幢寺です

とらへたれば かっぱなり
やきころせ
和尚もみをりて人々にいのちこひ
捕まってしまったカッパ
焼き殺されそうでしたが
和尚さんが助けてくれました

それでカッパは和尚さんにお礼をするのですが何でしょう
それは、寶幢寺のカッパ像を見に行ってね
紙芝居のあとは、昔の志木の子どもたちはどんな遊びをしたかのお話です。
テレビゲームのない時代です。

男の子はチャンバラ 女の子はままごと

めんこ おはじき
まりつきをする時は
♬いちれつだんぱんはれつして にちろせんそうはじまった
意味もわからず歌ってました

羽根つきは、こんなに立派なのではやらなかったけれど
こういう立派な羽子板を作る職人さんが志木にもいたそうです
終了後、インタビューされてる人もいましたよ
テレビに映るかな

お宝発見講座、8月はお休み
次回は9/17(日)本町地区の寺社巡りです。
お楽しみに!!